60歳からの知恵と体験の交流誌「さすが&されど」。シニアが主役の投稿誌です。http://www.hongopub.com/

2010/4/12

〈交流ひろば〉パソコン将棋と格闘  シニア


〈交流ひろば〉パソコン将棋と格闘/根本祐一

 趣味のひとつに将棋がある。古いワープロを見た息子がパソコンを買ってくれた。「将棋が入っているよ」の一言でパソコン将棋にはまった。対戦してみると連戦連勝、こちらがポカミスをしても勝ってしまう。結果を聞いた息子は「レベルを上げといた」と言う。
 早速対戦してみると、アッ!という間に詰まされてしまった。2〜3局続けたが結果は同じだった。「不思議だ、何で負けるのか」、ムキになってやってみるが相手にされない。そんなはずはない、1勝するまではやめられないと半日挑戦するが、まったく歯が立たない。ストレスはたまるし、血尿は出るし、さんざんな目にあってしまった。妻も「レベルを下げてもらったら」とあきれ顔である。いや、絶対に下げない、と何度も挑戦したが通じない。コンピューターは容赦をしない。ますます冴えて手厳しい。私は少々疲れてきた。自分の頭が回転しないのにいら立ってきた。
 これ以上やると体調を崩すかもしれない。くやしいが、とうとう言い訳を考えるようになった。ライバルだった父が57歳で亡くなってからはあまり指していない。勝負勘が戻ってないのだ。そのうち勝てるはずだと思い、連敗にもめげず挑んだものの、やはり勝てない。くやしいが、相手が強過ぎるのだと認めざるを得ない。レベルを一気に引き上げたのも、やはり無理だった。老いにムチ打ち奮闘したものの、実力でねじふせられた敗北感は少々みじめな結果であった。
 しかし、目覚めてしまった以上、止める気にはならない。「将棋は指したい、負けるのはくやしい、レベルは落としたくない」ふと、ある考えが浮かんだ。決着をつけずに途中で止めてしまう考えだ。常識にとらわれないのが妙案のいいところだ。
 コンピューターは終盤、特に詰めの段階になるとめっぽう強い。しかし中盤は互角に戦える。制限時間の1時間は経験則から中盤の時間帯である。ここで、やや優勢・優勢・やや劣勢・劣勢の総合判定をするのだ。公正公平な判定結果を「対戦表」に書き込んで終了だ。この新ルールを適用すれば、絶対に勝てない相手にも勝てるチャンスが生まれる。これまでのように勝負にこだわって、リスクの少ない負けない手を考える必要はなくなった。思う存分指し回して将棋を楽しむことができる。
 ソフトの作成者に申し訳ないが、ここは苦肉の一手としてお許し頂きたい。もちろん、密かに実力をつけ、いつの日か一矢を報いたいと思っているのだが……。  
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2010/4/10

<交流ひろば>健康もたらす呼吸法  シニア


<交流ひろば>健康もたらす呼吸法/中村敏和

 私は、15年前、ある雑誌で「西野流呼吸法」が心身の健康に卓効があるということを知り、早速、実施することにした。書店から西野流呼吸法のビデオを購入して、それを眺めながら毎朝10分位、家内と一緒にはじめた。
 西野流呼吸法とは西野バレエ団の団長であり、かつ合気道の師範である西野皓三氏が苦労の末、考案されたものであり、中国の気功法に似たものである。
 だが、専門家の指導を必要とするほど難しいものではない。ビデオを見ながら誰でも楽しくできるのがよい。
 そのビデオは、西野氏の弟子である人気タレント由美かおるさんが出演し、指導している。
 美女を眺め、音楽を聞きながらの体操は、非常に楽しく、何回やっても飽きることがない。
 西野流呼吸法は、普通の呼吸法と異なり、「足芯呼吸」が中心となっている。足芯呼吸とは足の裏から大気を吸い、それを頭まで吸い上げる。そして息を止め、丹田(腹部)へと気を降ろして行くという呼吸法である。足芯呼吸をやりながら身体を緩めたり、ねじったりして各種の体操をするわけである。
 その体操には宙遊、華輪、円天、行雲、蓮行、天周、流雲、妙立など美しい名前がつけられている。宙遊とは足芯呼吸をやりながら、自分が天に浮かんでいる姿を想像する。身体を充分に緩め、両手を使って足の裏から気を誘導する。
 華輪とは、江戸時代の火消しのまといが廻るように身体を振り、手をからませる。
 円天とは、両手で天に向かって大きな円を抱くような動きをする体操である。
 このような各種の体操を、決して無理をしないようにゆっくりとした動作で行なうのである。
 西野流呼吸法は、別名バイオスパークともいわれている。この呼吸法を数か月実施すると、快眠、快食、快便の効果が上がり、健康長寿をもたらす。
 毎日が快調であり、毎日少しずつ若返っていくような感じがする。良いことは継続することが大事であるので、今後も長く続けたいと考えている。
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2010/4/9

〈交流ひろば〉お仕事さん  シニア

〈交流ひろば〉お仕事さん/内田ナツ
 年末年始は、アメリカから来てくれた次女とホテル暮らしで、来客もあり気が紛れていましたが、1月8日に娘が帰米して、私も自宅に戻ったら急に体力気力が衰えて娘に連れられ、かかりつけの病院に行き、主治医の「検査をしましょう」との言葉で、即入院となりました。
 つまらないことは忘れて、楽しいことだけ考えてゆっくり静養しなさいね、と娘は個室に入れてくれました。ありがとう! 車椅子で毎日各科を治療に廻り、ベッドの上で点検を受けながら、楽しいことって何かしら? と考えていたら、最近のことは忘れて、大昔の子供の頃の生活が懐かしく想い出されて来ました。
 そんな楽しい想い出に浸っていたら、男性の看護師さんが来て、内田さん、お風呂です、と言いました。
 「えッ、お風呂? 嬉しいわー」と、いそいそと浴室まで付いて行きました。脱衣室にはカゴが2つ置いてあり、「こちらのカゴに脱いだのを入れて、こちらのカゴの新しいのを着て下さい」と看護師が言いました。
 「分かりました」と言っても、彼は傍に立っているので、「貴方はそこにいるんですか?」「ハイ、お仕事ですから」「お仕事って言ったって、私は男性の前で裸になるなんて恥ずかしいですから、出ていって下さい!」。彼は私の見幕に驚いて、「転ばないように気を付けて下さい」と言って出て行きました。
 浴場はとても広くて、右の方に大きな浴槽があり、ハンモックみたいのが吊ってあるのは、自分で体の動かせない患者用なのでしょう。
 私は左の方の1人用の湯舟の前で、お湯を浴びていたら、また彼が入ってきて、ハンモックをたたんだり、桶を片づけたりするのです。
 「貴方はそこにずっといるんですか?」「ハイ、お仕事ですから」。立ち上がるのにアダムとイブの葉っぱでも欲しかったけど、何もないので仕方なくタオルで胸を隠し、手前に暖簾のようにたらして湯舟に入りました。出てきて体を洗い始めたら、お仕事さんは傍に来て、こちらのカランが水で、こちらが湯、シャンプーがどうの、リンスがどうの、と説明するのです。
 「分かってますッ」「一人で出来ますから、向こうへ行って下さいッ」。シッシッと野良犬を追い払うような態度で接しました。
 体を洗って髪も洗って、湯舟に入ったら気持ちよく心身がほぐれて和やかになりました。
 「そうだ、お仕事さんだから、患者が転んだりしないように彼は傍にいるんだわ。みんな仕事のためには真剣なのよね。産婦人科の先生なんて、仕事じゃなかったら首を絞めてやりたいけど、大切なお仕事だから4人も子供がお世話になったんだ。あたしも患者らしく素直にしなければいけないのよね。彼に悪かったわ」
 自問自答して、反省の気分が沸いてきました。
 病室に帰る途中で言いました。「とてもツンケン当たっちゃってごめんなさいね。私達の年代って、今の女の子達のように開放的に育ってないもんだから、歳を取っても羞恥心があるんです」「分かってます」
 お仕事さんもホッとした顔になって、病室で髪の水気をタオルでとって、きれいにくしけずってくれ、お大事に、と言って病室を出ていきました。私は「ありがとう」と、心から優しく彼の背中に送りました。
 持病の心肥大と貧血の他は病気も見付からず、CTスキャンもMRIも変化なく、1週間目に退院の許可が出て、迎えに来た娘と先生やスタッフの方にご挨拶していたら、向こうの私の病室の前で、お仕事さんが見送っていました。私は小さく手を振って心の中で大きくありがとう、と言って車に乗りました。 
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2010/4/8

〈読書サロン〉内田樹著『日本辺境論』  シニア


〈読書サロン〉内田樹著『日本辺境論』/砂押澄人

 日本人は「辺境人」であり、その固有の思考や行動は辺境性によって説明できる、と本書は説く。丸山真男・沢庵禅師・養老孟司らの助けを借りながら展開する辺境論は、ユニークで説得力のある日本論・日本人論である。
 日本は1800年前の卑弥呼の時代から、「華夷秩序」という中国を中心とする同心円の辺境にあった。明治以降は欧米列強を新たな「中華」とみなした。――ここではないどこかに、世界の中心たる絶対的価値体系がある。それにどうすれば近づけるか、どうすれば遠のくのか、専らその距離の意識に基づいて、思考と行動が決定されている。
 だから、他国との比較でしか自国を語れず、ロジックはいつも「被害者意識」だ。自国のめざす国家像などを考えようとすると、自動的に思考停止に陥ってしまう。これが日本人の国民性格だ、と著者は厳しく指摘している。一方で劣位を逆手にとって好き勝手なことをやる。この面従腹背が辺境民のメンタリティの際立った特徴である。
 「中心と辺境」以外の物語で世界戦略を語るチャンスがなかったわけではない。それは日英同盟(1902〜23)だった。これによって、日露戦争に勝利し、第一次世界大戦後に「5大国」の仲間入りができた。ところが、国際平和と軍縮の必要性を痛感したヨーロッパの期待に反して、日本は「新秩序」の潮流に非協力的な態度を示し、各国の指導者の信頼を失った。これが日英同盟の解消につながった、という指摘は鋭い。
 世界標準に準拠して振舞うことはできるが、世界標準を新たに設定することはできない。それが辺境の限界である。他国の範となるようなことをしたら、日本人が日本人でなくなってしまうかのようだ。
 それなら、とことん辺境でいこうではないか、と内田は提案する。日本を「普通の国」にしようと空しい努力をするより、こんな変わった国の人間にしかできないことは何かを考える方がよい。狭く資源に乏しい極東の島国が生き延びるには、「学ぶ」力を最大化する以外にない。ほとんどそれだけが私たちの国を支えてきた。現代日本の国民的危機は「学ぶ」力の喪失、つまり辺境の伝統の喪失なのだ。
 辺境性を形作っている日本語は、漢字という表意文字と仮名という表音文字が、渾然一体となった言語である。そんな言語の国は他にない。日本語しかない「進化の袋小路」を歩み続けるしかない、と著者は言う。この辺りは共感できる考え方である。もっとも、「武士道」や「機」の思想となると、私にはとても手に負えない。
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2010/4/6

〈お好みエッセイ〉ゆずジャム  シニア

〈お好みエッセイ〉ゆずジャム/江口洋子
 昨年の年の瀬、静岡の民ちゃんから小包が届いた。開けると、ゆずの香りが部屋に広がった。ゆずジャムだ。夫婦が数日かけて手作りしたものである。彼女は私より年上だが頑張り屋さんで、まだ洋裁の仕事もしている。「お金がない」というのが口癖だが、ゆずやしいたけがたくさん採れる山があって、私のように小さな暮らしから見ると、はるかに豊かである。
 夏の頃であった。
 「静岡市内にボタン屋がなくなって困っている」と民ちゃんから電話があった。私は目黒にある糸高を紹介した。デザイン画と布のサンプルを送るように彼女に言った。後日、糸高へ行ったらダンナにお礼を言われたのでホッとした。
 「今どき、糸高さんのような面倒見の良いお店があるのね」。民ちゃんが喜んでくれた。ゆずジャムはそのお礼とのことである。2キロ入りが2個入っていた。私は1個を横浜の姉に送った。ふる里からの贈物を姉も喜んだ。
 民ちゃんには金持ちの妹がいる。その妹の服を作ると5万円支払ってくれるそうだ。妹が姉を助けるなんて、粋な話しだ。
 民ちゃんのご主人は、この間まで県会議員だった。社交的な人柄である。彼女は彼のことをパクさんと言っている。どうしてパクなのか聞いたことがあったが、どうしても思い出すことができない。県会議員は、お金のかかる仕事だろうか?
 「民江、一年元気に過ごして、来年、また、ゆずジャムを作ろう。あく取りは僕がするから……な、な」とパクさんが言っているそうだ。
 今年は4百キロ煮たという。4百キロといえば2キロの容器に2百個だ。2人が汗だくになってジャムを作っている姿が目に浮かんだ。ジャム作りの間はけんかはしないそうだ。
 クラッカーにつけたり紅茶に入れたりして、気ぜわしい年の暮れにのんびりする時間を私に与えてくれた。
 大晦日、今年最後の買物に糸高へ行った。上のお兄さんが「江口さん、あのジャムのほろ苦さ! おいしかったなー」と言ってくれた。冷たい風の日だった。
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