60歳からの知恵と体験の交流誌「さすが&されど」。シニアが主役の投稿誌です。http://www.hongopub.com/

2010/4/5

悠々亭日常〉資源少国の進路  シニア

〈悠々亭日常〉資源少国の進路/国分正武
▼2月3日(水)立春の前日である今日は節分である。昔は立春を年の初めとしたそうなので節分は大晦日の意味もあり、豆を撒くのは一年のけじめをつけて新年を迎えるということであろう。
 ところで、政界に目を向ければ、昨夏の衆議院選挙で国民は民主党を「福」とした。しかし、ツー・トップのお金に絡む疑惑をはじめとして、マニフェストの不完全さ、米軍沖縄基地問題、閣内の意見の相違など、不安を抱いている方も多いのではないかと思う。特に「子ども手当」の今後については、歳入を十分考慮して、適正な金額に修正すべきである。
 これまでも、これからも、資源小国の日本は科学技術の進展に将来を託すしかない。他国と同じ性能であれば、価格競争で負ける。価格が高くても、品質で優れておれば需要はある。そのためには、科学技術や大学、高専などの予算を減らしてはならない。子ども手当の支給より、子供の将来へツケを回すことを避けるべきである。
▼2月4日(木)立春の今日にふさわしい名前がある。新聞に幼子の写真や名前を紹介するコーナーがあり、以前見て、記憶にとどまる名前であった。その名は「呼春(こはる)」。日本的で、心浮き立つ素敵な名前。命名者の愛情と心意気を感じる。
 暦は春でも今年は寒さが厳しい。最近、跨道橋下の思わぬ所が凍結していて転倒した。皆様もこの時期、散歩などご用心ご用心。
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2010/4/2

〈悠々亭日常〉退職1年後の生活  シニア

<悠々亭日常>退職1年後の生活/小西峰雄
▼去年退職して、この4月で早や1年となる。先輩のアドバイスは「3年間の過ごし方が大事やで。150冊の読書と150本の映画、DVDを見ることしいや」とのこと。勤めていた頃は、英語と韓国語は日常生活程度の話しなら理解できたので、更に磨くため仕事せず、年金と蓄えで生活してきた。やってみると現実は厳しい。退職金の運用検討、保険の選択、衣類・本の処分と整理。勉強も集中してできるのは毎日2時間位しかなかったので、目標倒れの1年間だった。友人は1年間、ニュージーランドへ語学留学中。私も負けじと韓国へ7月に15日、12月に8日間個人旅行、親の介護もあり留学できず。そんな生活の一端です。
▼1月21日(木)ハーモニカクラブの新年会。ピザやスパゲティを食しつつ、演奏発表ではテンポがあり、幼児受けする「アンパンマンのマーチ」を演奏した。下手なところは、元気よく吹くことでごまかした?
▼1月23日(土)テニスの練習。現役男女含め11人参加。年齢では2番目、唯一の現役の人との交流。無理せず怪我しないようプレイ。練習後の宴会が楽しみで、いろんな話を聞くと、こちらも若返るような気持ちで元気をもらった。
▼2月23日(火)ハングルの勉強会。カラオケの練習をして、テキスト読解と暗唱。暗唱がうまく思い出せず、いつも暗礁になっている。来週は誕生会をするのでケーキが出るとのこと。働いていないので義理チョコも少なかった今年は、ケーキに期待しよう。
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2010/3/26

〈悠々亭日常〉母の決断に詫びる  シニア


〈悠々亭日常〉母の決断に詫びる/徳岡常雄

▼2月10日(水)我が家の家族は母(94歳)、私、妻(68歳)で、子や孫は勤めの関係で、車で1時間の三田市で生活している。いつまでも若くはなく、私も10年前から発病し、病気持ちとなってしまった。腰痛と肺炎の手当てに自動車で1時間かかるK病院に通院している。
 先日、朝食のあと、新聞を取ろうと手を伸ばし低い姿勢になると、腹を圧迫したのか、口、鼻から同時に食べた物を吐き出した。妻のアドバイスで、肺炎を起こさないために、うがいをして病院に直行した。検温をすると37・5度、暫くすると肺炎になる状況だったと言う。
 主治医の先生が待機して、すぐに処置してもらったので落ち着いてきた。先生からは、「奥さんの初期の手当が行き届いたため、大事に至らなかった」とおほめの言葉を頂いた。
 我が家の老人2人を世話するには妻1人では無理なことから、老人施設で空き部屋がないかと依頼していたところ、やっと1室が空き、母が入所することになった。が、母は若い頃から苦労して我家を建てたので「最後まで暮して家から旅立ちたい」と頑なに言い張り、私達が予想した通りで、無理な話しではなく、目頭が熱くなってきた。
 しかし、家に残すと不安だし、早く決断しなければならない。じっと心でお詫びしていると、母は「私は老人施設にお世話になるから、早くよくなって帰ってくるように」と言ってくれた。
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2010/3/25

〈お好みエッセイ〉母の携帯電話  シニア


〈お好みエッセイ〉母の携帯電話/八城順子

 大正3年1月生まれの母は、今年の干支の寅年で96歳、大病もせず、元気に過ごしておりましたが、つい先日、あっという間に旅立ってしまいました。まだまだ心が整理できない悲しさに打ち沈んでおります。
 父は52年前に亡くなりました。その時、母は44歳、16歳を頭に5人の子供がいましたが、和裁の腕があったので、何とか縫い物をして細々ながら暮らしてきました。
 何かあっても腕があれば食べていける、という母の思いもあり、兄弟5人中4人が理容師となり、今ではそれぞれ独立し、何とか生活しています。私は長女で、母と二人三脚で色々苦難を切り抜け、68年経ちました。
 私が理容業を営む店で、母は少しでも役に立とうと、毎朝、店のタオルたたみをしていました。お客さんの顔を見ては笑顔でお話ししていたことで、店の名物ばあさんでした。そんな歳まで店に出すなんて、随分人使いの荒い娘だったと思いますが、私は、母が自ら手伝ってくれていたので、とても感謝しています。
 また、95歳から私との連絡で携帯電話を持ちました。卓上電話なら転んでもその場所まで行かなくてはなりませんが、いつも首から下げているので安心でした。連絡といっても離れているわけではありませんから、私が仕事をしていても、とても安心でした。
 そんな母が10日間余りの入院で亡くなりました。肺炎という病名でしたが、最後まで頭がしっかりしていて、一度も不始末もなく、私の手を煩わすことはありませんでした。確かに仕事の合間の食事仕度は大変でしたが、作っていくと、いつも美味しいと言って食べてくれていました。だんだん喉が細くなり、牛乳を飲むのも辛そうでしたが、今では母の一つ一つが私の心の中にいます。
 まだ、色々なことが心の中で整理出来ない毎日で、当分、淋しさからは逃れられないかもしれませんが、母の生きて来た道を私もたどって生きたいと、心から願っています。携帯電話は今少し手元に置きたいです。本当に人生ご苦労さま。ゆっくりお休み下さい。✿
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2010/3/24

悠々亭日常〉そばにいておくれ  シニア


〈悠々亭日常〉そばにいておくれ/足立和男

▼2月15日(月)今日は家内が福祉施設のデイサービスに行く日であるが、朝起きると突然、「デイサービスにはもう行きたくない」と言い出した。私が無理に勧めても聞きそうにない。同居の息子夫婦が「デイサービスには行く方がいいよ!」と強く言ってくれたので、ようやく行く気になったらしい。嫁の車で、9時頃やっと出発した。
 昨年10月に介護認定を受け、週に2日のデイサービスに行きはじめて5か月になる。家内は今年80歳になったが、私が彼女の異変に気づいたのは去年の6月で、体重が減ると共に元気がだんだんとなくなり、記憶力が衰え、特に方向感覚が悪くなった。最近では私に向かって「そばにいておくれ」と言う。不安感や妄想が頭の中を去来するに違いない。
 事ここに至って、私も今までの暮らし方を変えた。デイサービスに行く日以外は、自分本位の従来の生活を転換して、終日、起居を共にすることにした。一日の暮らしのリズムを保つための工夫は欠かせない。幸いに自分のことは最小限であるが出来るので、今後は現状を如何に維持するかにかかっている。
 老々介護の日々ではあるが、天が我輩に課した貴重な時間と考え、「力まず、油断せず、やさしく」を自戒の言葉としている。
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