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2010/4/13

〈特集@面白きこと〉「別れ」が消えた  シニア


〈特集@面白きこと〉「別れ」が消えた/橋之口 望

 世の中、すべて軽く過ごすようになってきて、ケータイも替えるもの、という風潮になってきた。物を勿体ないと思う気持ちがなくなってしまったからである。
 どのくらいの期間、使って替えるのか聞くと、若い人は2か月だそうだ。これを聞いて思い当たることがある。最近の若者は恋人を2か月で取り替えるようだ。こんなに短いと恋人とは言わないのではないか。昔ならステッキ・ガールとか、ステッキ・ボーイと呼んだ。今やケータイも恋人も、出会いとか別れではなく、「使い捨て」の軽い気持ちのものらしい。
 昭和45年頃までは、転勤時期になると、東京駅の新幹線ホームには見送り人が扇形になって発車を待っていた。何回も転勤した私も、見送られたり、見送ったりした。ホームの「別れ」は組織のセレナーデだった。そんな光景はいつの間にか消えてなくなった。
 近頃、都会の人は別れなくなった。また別れる人を送らなくなった。振り返ってみると、この1年間に、何度、駅へ行って、旅立つ人を送っただろうか?
 昔、口ずさんだ「海軍小唄」はこう歌う。
♪汽車の窓から手をにぎり
 送ってくれた人よりも
 ホームの陰で泣いていた
 可愛いあの娘が忘れられぬ
 トコ ズンドコ ズンドコ♪
 今時、こんな可憐な乙女の姿はトンと見掛けない。別れは、送る方も送られる側も、いささか気分の昂揚がある。別れの、しみじみとした人情を殺した犯人は誰か? 開かない窓よりもケータイが主役である。
 さっき別れた人とでも、ちょっと親指を使えば、その人にメールを送る。すぐ返信がくる。彼らには別れはない。駅まで出向いて、泣いたり手を握ったりするのはアホらしいのか。人は常に繋がっている。ケータイは五官の一つになって人と人とをガッチリ繋いでいる。
 別離と孤独がなくなって行くのはコワいことだ。
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