60歳からの知恵と体験の交流誌「さすが&されど」。シニアが主役の投稿誌です。http://www.hongopub.com/

2010/6/4

〈探究レポート〉  シニア


〈探究レポート〉
 なぜか人気の「朝鮮戦争」展/水埜信行

 横浜・関内の日本新聞博物館では、企画展「朝鮮戦争から60年―戦場の記録」写真展を開催している(6月27日まで)。私はここで長いことボランティアをしているが、いつもの企画展とは際立って雰囲気が違うと感じている。
 それは年配者が殆どで、それもお一人が多い。200枚余のモノクロ写真に食い入るように見入られ、当時を回想している様子である。会場を出がけに「ありがとう」と低頭されたり、様々な思いを口にされる方も珍しくない。多くが70代前後の皆さんに、朝鮮戦争が与えたインパクトの強さを、改めて驚いている。私も、思い出がいくつかある。
 朝鮮戦争は、1950年(昭和25年)6月25日、北朝鮮軍が韓国との軍事境界線、いわゆる38度線を越えてきたことに端を発した。不意を衝かれた韓国軍は、あっという間に釜山付近まで追い込まれた。韓国軍は、その後、アメリカを中心とする国連軍の援助を仰ぎ、押し返したものの、今度は中国が北朝鮮軍に加勢をして、一進一退、アコーディオン戦争ともいわれた。53年7月にようやく休戦協定が交わされ今日に至っているが、朝鮮半島のほぼ全土が戦火に包まれ、南北に分断された同じ民族同士が血を流した悲惨な戦争である。
 戦争が勃発した時、私は小学5年生。絵に描いたような野球少年で、雑誌「野球少年」を毎月、むさぼり読んでいた。その中に、朝鮮戦争の戦況が毎号詳細に掲載されていた。誰が書いていたのか記憶はないが、韓国・国連軍側に立って書いてあるので、北朝鮮・中国軍に対しては敵対した叙述である。戦況は毎号変わって行く。私は、韓国・国連軍側が不利な状況の時にはハラハラしながら読み進み、逆襲に転じて戦果を上げた時には、快哉を叫んでいたものである。
 その頃は一度読んだら、忘れない。戦争で使われたバズーカ砲やナパーム弾、第8軍司令官アイケルバーガー中将など固有名詞は、今でも覚えている。将官の星の数は、マッカーサー元帥が5つで、中将が3つはいいとして、1つ星が、少将の下の、日本にはない「准将」などと初めて知って、得意がってもいた。
 ひとつの光景を思い出す。未だあった焼け野原で友だちと野球をしていた時、ジープが止まり、若いGIが2人降りてきた。思わず身構える我々に、彼らは手振りで仲間に入れろ、と言っているようである。一緒に遊んだ。笑顔でバットを振る彼らは、実に楽しそうであった。チョコレートをくれた2人は、別れがけに確か「コーリア」と言っていた。韓国に向う束の間の息抜きだったのだろう。
 父は、時たま、映画に連れて行ってくれたが、私の目的は、「ためになる」文芸作品ではなく、その前に数分間映されるニュース映画だった。そこでは、必ず朝鮮戦争の生々しい状況が映し出される。固唾を呑んで見入った。乾いた早口で「……であります」と語る、竹脇昌作さんのナレーションが印象的だった。
 マッカーサー元帥が、作戦上の対立からトルーマン大統領に、国連軍総司令官を解任された時は驚いた。日本では神様みたいな人だったから。上には上があるんだな、と思った。
 そんな無邪気な年代だったから、日本の奇跡ともいわれる経済復興が、この戦争で生じた「朝鮮特需」に負うところが多かったなど、知る由もない。日本が、アメリカ軍からの武器の修理や製造、軍用毛布や土嚢用麻袋などを大量に受注し、工業生産は大量に伸びた、朝鮮戦争で、火事ドロ的に日本経済が息を吹き返したとは、後年、教えられたことである。「金へん景気」とか「糸へん景気」の意味も、その頃は知らなかった。
 終戦前後、列強国により、日本の国土分割が検討されたともいわれる。米ソの戦略的思惑から分断された国は、朝鮮のほか、ドイツ、ベトナムなどあるが、もし、日本もそうなっていたらどうだったか? 朝鮮の悲劇は、対岸の火事では決して済まされなかったろう。そこに思いを巡らすと、この朝鮮戦争は、私にはますます身近に感じられる。
 写真展で初めて知ったが、朝鮮戦争での死傷者は、戦闘要員もさることながら、市民は南北合わせて300万人、避難民は500万人というすさまじさである。会場には、戦闘状況や逃げ惑う市民の姿、いたいけな戦争孤児など、胸をしめつけられるシーンが多いが、私の注意を引いたのは、2枚の捕虜の写真だ。
 国連軍に収監された北朝鮮と中国の兵士たち。キャプションを読んで驚く。いずれも祖国への送還を拒んでいるという。胸をよぎったのが、「生きて虜囚の辱めを受けず」の、あの戦陣訓である(さすが」誌70号の〈昭和つれづれ〉にもある)。事情は異なるかも知れぬが、かの国でも、肉親との再会を心ならずも諦める兵士がいたのだ。戦争はいつの時代にも残酷だと、改めて感じたものである。
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