「…………暑い……。」
駅の業務は余裕がある一方、工場は人手が不足していた。そのしわ寄せは駅長以外の駅員にも応援要請が出る始末だ。無論自分も例外ではない。
これでも副駅長に就任する前は現場の人間だった。一通りの知識は持ち得ている。作業着に袖を通し、熱気のこもる工場まで足を運んだのだか…
「いきなり『溶接やってくれ』はねぇだろ…。」
内心仕方ないとは思いつつも、口から愚痴がこぼれ出る。
溶接の免許を持っているのは工場内に数名しかいないのだ。人手が不足している以上文句は言えない。
水漏れしているPANDAのタンクだったが、幸いにしてごく小さな穴が空いているだけだった(問題はそれが複数あることだが)。鉄板の端材をあてがい、水漏れの無いようにしっかりと溶接しなければならない。
絶縁手袋を着用し遮光ガラス付きのお面を顔に被せる。
―――バチバチバチバチ
通電された母材と炭素棒が触れる寸前、電極がスパークし強力な熱量が発生する。この熱で母材と炭素棒を溶かし接合する。
俗に言う電気溶接の一つ『アーク溶接』だ。
時間の経過と共に炭素棒は融けて短くなってゆき、代わりに鉄板はタンクの一部と化して行く。
「……ふぅ、これでいいか。」
作業の手を止め顔からお面を外し、出来映えを見る。
アーク溶接は溶接中、絶えずスパークしており熱量と同時に強力な閃光を発生させる。直に肉眼で見ていれば糸も簡単に人間の目など焼けてしまうほどの光だ。遮光ガラス付きのお面を顔に付けるのは目を、ひいては顔全体を守るためだ。
しかしながら遮光ガラスは視界の明度を著しく低下させるため慣れと経験が必要だ。
「次。」
穴は複数ある。ゆっくりやっているほど余裕はない。
心なしか体が重たく感じるが、きっと疲れるだけだろう。
―――――――――――――――――
溶接が終われば今度はグラインダーで研磨する。
回転する刃先が触れる度に凹凸だった表面は均一になり、金属光沢が眩しい程だ。
ここまで約半日。公式側タンクの補修がほぼ終わった。
非公式側は午後か、遅くとも明日には着手されるだろう。
ひとまずは休憩だ。
腰を屈めての作業だったために立ち上がる。その時
「ぅおっと…」
姿勢を崩し近くの作業台に手をつく。立ち眩みか? だがいつもと感じが違う。全身が痺れるような感じ…?
気付けば呼吸も荒く、体温は高いのに汗は出なくなっている。
一体なんだろうか―――――
================
「……っ…ぁれ、ここは……?」
ふと気が付くと、いつの間にかベッドに寝かされていた。
「…ん、気づいたか雅さん。工場で倒れるとは頑張りすぎやない?」
この声は…
「暁さん…ずっといたんですか…?」
ベッドの傍ら椅子に座りながら意識が戻るのを待っていてくれたようた。その手にはずいぶん昔の鉄道ジャーナルを持っている。
体が重く起き上がることすらままならない。首を動かすのが精一杯だ。
暁さんの話では、午前中の操業が終わったところで意識を失い緊急搬送されたらしい。いわゆる熱中症だ。
よく見れば左腕には点滴のチューブが繋がれている。
するとここは病院か。
しかし工場内で倒れるとは、なんとも情けない。応援どころか迷惑になっているのではないだろうか…?
覚醒しきっていない頭でぼんやりと考えるも結論は見出だせない。
「駅長に、目覚めたって連絡してくるわ。」
暁さんは携帯を片手に病室を出ていった。
時刻は午後3時。今日一日はまともに動けないだろう。安静にしているのが一番だ。
まるで何かから解放されたかのように気持ちが楽になる。
そしてそのまま目を閉じた。

1